足元のごみを拾うことから始めた川の再生
横浜市金沢区に、山から海に向けて流れる宮川という川があります。
川底まで見えるすんだ水は、淡水と海水が混ざり合う「汽水域」。
クロダイやボラなど海水魚と淡水魚が泳ぎ、
水が引いた岸辺では、サギがゆっくりとエサを探して歩きます。

ときにはカヌーが浮かび、
ときには釣り糸が垂らされる。
表情豊かな一面も持っている川です。
でも、この宮川は、かつて
「入ることもためらわれる場所」でした。
高度経済成長期にコンクリートで固められ、
生活排水が流れ込み、「どぶ川」となった宮川。
家電や自転車が投げ込まれ、
悪臭を放つ川と人との距離は、遠ざかっていました。
子どもたちが川に入り、魚やエビを追いかけていた頃の面影は、
見えなくなっていました。
それでも、この川をもう一度、
水が澄み、生き物が息づく場所へと戻したい。
そう願い、活動を続けてきた人がいます。
「はじまりの人」1人目は、
横浜市金沢区で25年にわたり宮川を蘇らせる活動を続けてきた
「カマリヤンクラブ」前代表の石川さんです。
01|あの川の風景が、心に残った
金沢区で生まれ育ち、幼いころから宮川で遊んでいた石川さん。
「いまはこうしてコンクリートで固められていますが、
昔は手子神社の鎮守森からカニがぞろぞろと歩いてきて、
川と行き来していました。
川にはテナガエビやうなぎもいて、
子どもたちにとっては身近な“おやつ”のような存在でした」

けれど、その風景が姿を変えるのはあっという間でした。
高度経済成長期、コンクリートで固められ、
淀んだ排水の流れるどぶ川になります。
川にはゴミが投げ込まれ、
人が近づくことのない場所になっていきました。
そんなある日、石川さんは異国の地で、ひとつの光景に出会います。
スペイン・セビリア。
街の中を流れる川で、人々が当たり前のようにカヌーを楽しんでいました。
「ただ、うらやましかった」
そのとき、ある想いが浮かびました。
宮川をあんな姿にしてしまったのは、
自分たちの世代の責任なのではないか。
「自分たちが、やらなければ」
その気持ちが、
静かなはじまりになりました。
02|ひとつ拾うことから始める
最初に始めたのは、
川の中のゴミを拾うことでした。
川の中には、想像していた以上に多くのゴミがあったといいます。
引き上げた自転車は、これまでに100台以上。
家電や日用品、さまざまなゴミを拾いました。
「どうしてこんなにゴミがあるんだろうと考えていたら、
土手の草むらに捨てられていることに気づいたんです」
そこから、草刈りをはじめました。
できる人が、できるときに、できることを。
無理をせず、けれどやめることなく、
ひとつひとつの行動を積み重ねていきました。
03|「自分で動く」という記憶
石川さんの中には、もうひとつの原点があります。
40年以上前、学生時代に留学したイギリスでの体験です。
そこでは、人々が「自分たちの望む環境」を、
自分たちの手でつくろうとしていました。
誰かに任せるのではなく、
自分で考え、声を上げ、行動する。
その姿は、強く印象に残ったといいます。
「望む環境があるなら、自分で動けばいい」
特別な決意というよりも、
自然な流れの中で生まれた選択でした。
04|少しずつ変わっていく川
活動を続ける中で、
川の風景は少しずつ変わっていきました。
かつては姿を消していた生き物たちが、戻り始めます。
ハゼやカニ、エビ、そしてさまざまな魚たち。
いまでは、この宮川を「お宝だらけ」と表現するほどです。
2020年からは専門家の力も借りながら、
川の中に石を組んだり、木の枝を沈めたりして、
生き物が暮らせる環境を整えてきました。

すぐに変わるわけではありません。
けれど、時間をかけて手をかけ続けることで、
川は少しずつ応えてくれるようになりました。

05|むすび
それでも、自然は思い通りにはいきません。
地球温暖化の影響とされる青潮によって、
別の場所では、生き物が姿を消してしまうこともあります。
地球環境という大きすぎる相手。
どれだけ手をかけても、
変えられないことがある。
そんな現実も、確かに存在しています。
それでも、石川さんはこう話してくれました。
「考えるだけで何もしないのが、一番もったいない」
「川をきれいにしたいと思ったら、まず足元のゴミをひとつ拾う。小さなことだけど、やるとやらないとでは違う。始めれば、見える世は変わるんです」
はじめから大きなことをしようとしなくてもいい。
ただ、自分の足元に目を向けて、
できることを、少しずつ続けていく。
その積み重ねの先に、
いつのまにか変わっている風景があるのかもしれません。
この川の流れは、
そんなことを静かに教えてくれているようでした。
「はじまりの人」は、
小さな“はじまり”に光をあてる記録です。
目に見える成果や結果だけではなく、
その奥にある想いや選択に、静かに耳を傾けていきます。
背景にあるより具体的なエピソードは、
note「うみノオト」に掲載しています。

