「できるかな?」と、誰かの願いを仕立て続けた人
スザニ刺繍で、一人ひとりの一着を仕立てる
スザニ刺繍の大人服 rahmat 佐々木 恵子さん
「はじまりの人」は、仕事や活動の裏に隠れた原点をたどる、COLOBOCKLEのインタビューシリーズです。
はじめに
工房には、見たこともない布が広げられていました。
ネイビー、赤。
びっしりと刺繍の施された白い布、黒い布
華やかな色合いのもの。
一面を埋め尽くす、細やかな刺繍。
一枚として同じものはありません。
その布が、 裁たれ、
縫われ、
世界に一着だけの洋服になっていきます。
ここは、 スザニ刺繍の大人服「rahmat」の工房です。
一般的なスザニ刺繍は、 ウズベキスタンなど中央アジアで作られる伝統的な布。
色鮮やかで、 どこか異国を感じさせるものが多くあります。
けれど、ここに並ぶ布は少し違いました。
日本の日常に馴染む、 静かな色合い。
インドのセラーと何度もやり取りを重ね、 一からオーダーして作られた、 rahmatだけのスザニ刺繍です。
こんな世界を作る人なら、海外でデザインを学び、工房を持ち、世界を飛び回って来た方?
ところが、
「インド?行ったことないです。行ってみたいですね~」
洋服メーカーで働いたこともありません。
縫製工場で働いたこともありません。
「以前も、今も、ただの主婦ですよ(笑)」
では、なぜ。
この人は、 世界にひとつのスザニ刺繍から洋服を仕立て、一人ひとりのための洋服を作るようになったのでしょうか。
はじまりの人第7回は、不思議な物語のような、佐々木さんのストーリーです。
1.双子がくれた、服づくりのはじまり
「最初はね、双子が生まれたからなんです」
そう言って、佐々木さんは笑いました。
「今ほど洋服って安くなかったし、おそろいの服を着せたかったんですよ」
ちょうど近所に、生地をトラックいっぱい積んできて、自宅の庭先で朝だけ販売する人がいました。
「朝6時から8時くらいかな。子どもが寝てる間に、お友達と一緒に買いに行って。それで服を作って、お互いに見せ合ったりしてました」
お母さまもニットソーイングを習っていたこともあり、Tシャツやパンツなど、動きやすい子ども服を作ることは自然な毎日になっていきました。
ある日、お祭りの日に自宅の庭先へ洋服を並べてみました。
「そうしたらね、けっこう売れちゃったの(笑)」
楽しくて、自宅の一室を小さなお店にしました。
けれど、その頃は双子の子育ての真っ最中です。
「朝早くから思いっきり子どもたちを遊ばせて、疲れさせて、お昼寝している間に洋服を作るんです。私はね、疲れなかったんですよ。やりたかったから(笑)」
すると少しずつ、「こんなの作れない?」という声が届くようになります。
その声は、佐々木さんの洋服づくりを、思いもよらない世界へ連れて行くことになるのでした。
2.「できるかな?」が広げてくれた世界
「こんなの、作れる?」
そう聞かれると、
「作ったことないんだけど…できるかな」
つい、そう答えてしまう。
はじめのうちは、自宅のお店に洋服を買いに来てくださっていたお客様でした。
「実はオペラをやっていてね。 舞台の衣装を作れない?」
舞台衣装なんて作ったことはありません。
それでも、「できるかな。」
何着も試作を作り、 舞台にも足を運びました。
「 その人が舞台で着て歌っている姿を見たら、嬉しかったですね。作って良かったなって」
すると今度は、ウェディングドレス。
「小さな結婚式をプロデュースしている会社から電話があって。『ウェディングドレス、作れますか?』って。
そんなの、作ったことないですよ(笑)」
でも、つい、「『簡単なのだったら、できるかな』って」
たくさんのフリルを重ねて、ドレスを縫いました。
花柄のワンピースも変わったエピソードです。
足が悪く、 自分で洋服を探しに行けない女性からの依頼でした。
「花柄が大好きな方なんですけど、自分では買いに行けないし、欲しいような花柄の服がないって相談されて」
佐々木さんは花柄の生地を何枚か買うと、 その方の家へ向かいました。そして、ワンピースに仕立てて持っていきました。
「すっごく喜んでくれたんです。『こういう洋服が欲しかった。 来てくれて、 作ってくれて、 持ってきてくれるなんて、本当に嬉しい』って。良かったな、って思いました」
佐々木さんは、その方のためにさらに何枚か、ワンピースを仕立てました。
3.「できるかな。」は、現場へ向かわせた
「今考えると、 何やってたんだろうって思います(笑)」
そう言いながら話してくれたのが、 一輪車競技の衣装です。
知り合いの紹介で、「チームの衣装を作れませんか?」と相談を受けました。
もちろん、 作ったことはありません。
でも、「できるかな。」と言ってしまいました。
「生地選びからデザインまで、そんなことやったこともないのに、なんかやることになっちゃうんですよ、いつも(笑)」
日暮里に行ってイメージの生地を何種類か探してきて、「これこれと、どれがいいですか?」と見せる。
「パステルカラーのオーガンジーを身頃とパンツにつけてカラフルな感じにして」とか「肩を革にしたい」とか言うから、またそういうものを探しにいったり。でも競技を見たことがないからわからないのよ。それで、練習を見に行ったりして。
練習は学校が終わった後の夕方から夜にかけてやるものだから、そんな遅い時間にまだ幼かった子どもたちを連れて行って、遊ばせながら、どんなふうに動くのか見たり、打ち合わせしたりとか、練習場にも通いつめちゃった(笑)
競技の途中で、スカートを脱いで投げたいとかいうから、オーバースカートのようなものを作ったりして。交通費とかサンプル代とかどうしてたのかな。本当、今考えるとバカじゃないのかなって(笑)
でも、まあ面白かったんですよね、きっと。……全力でやってましたね、その頃は」
フルオーダーで依頼主の要望をかたちにしていた佐々木さんに、ひとつの転機がありました。新体操のレオタードです。
4.服を作る仕組みに出会えたレオタード
新体操のレオタードも、「作れる?」から始まりました。
今度は、 特殊な伸縮生地。
もちろん初めてです。
佐々木さんも最初は「作ったことないよ」と戸惑いました。しかし、専門の生地を求めて日暮里へ。
そして、この経験は、佐々木さんに新しい気づきをくれました。
「チームメンバー全員の採寸を個別にすると大変なので、ジュニアサイズの「130」や「140」といったサイズ展開を固定して、パターン(型紙)を用意したんです」
さらに、見本やサイズ表、案内用のサンプル帳を自作し、スポーツショップを窓口にしてネット販売してみたところ、これが「めっちゃ売れた」のです。
「ある程度決めて、ある部分だけ選んでもらう。そうしたらちょっとお客様の満足度も上がるし、私の作る手間もかなり減るなっていうのをそこで学んだんです」
初めて、作る人も幸せになる方法を見つけました。
5.13年間のパートがくれた「問い」
子育てに追われながら、必死で時間を捻出して向き合っていた洋服づくり。
それは子どもたちの成長とともに、かたちが変わっていきました。
時間はできた。でも学費がかかる。
将来のことも考えなければならない。
佐々木さんは近所の建設会社で、パートとして働き始めます。
経理、総務、電話対応。何でもやって、気がつくと13年が経ちました。
洋服づくりは、日常生活の中だけで続いていました。
「もう20年以上になるのかな。洋服は、自分で作ったものしか着てないです」
気に入った麻の生地を見つけると買い、自分の体に合わせて仕立てる。
それは特別なことではなく、佐々木さんにとって、普通の日常でした。
「布が好きなんです。ストレスがたまると、布屋さんに行っちゃう(笑)」
麻。
やわらかな肌触り。
少しくすんだ色。
棚に並ぶ布を見ながら、「次は何を作ろうかな」と考える時間が好き。
気になった布を、手に取って触ってみる。
「布はネットでは買いません。見て、触って、『これだ』って出会ったときに買うんです」
佐々木さんにとって、服づくりは、布との出会いから始まるのです。
仕事をしながら、自分の洋服を作る。
そんな日常を繰り返す中で、職場では同世代のパート仲間と、よくこんな話をしていました。
「この先、どうする?」
定年までパートを続けて、それで終わるのかな。
彼女は書道をやっていて、私は洋服を作るのが好き。
「いつか、自分の仕事ができたらいいね」
そんな話を、何度もしていました。
そんな中、会社の経営が少しずつ厳しくなっていきます。
「会社が終わるまでは頑張ろうって思ってました。でも、そのあと私は何をしようって。
ずっとただの主婦で、パートしかしてこなかった私に、何ができるんだろう」
答えはなかなか見つかりませんでした。
だから、商品を売ることを学ぶオンラインスクールへ通いました。
海外から商品を仕入れる方法。
販売の考え方。
SNS。
それでも、
まだ佐々木さんは、洋服づくりが「仕事」になるとは思っていませんでした。
6.スザニ刺繍がやってきた日
ある日、娘さんが取り寄せていた留学資料を何気なく見ていました。
そこに載っていた一枚の写真。
「スザニ刺繍」と書かれていました。
細かな刺繍。
色。
模様。
かわいい。珍しい。それもありました。
でも、心を動かされたのは、刺繍が生まれる理由。
ウズベキスタンでは女の子が生まれると、家族が何年もかけて刺繍を縫い、嫁入りの日に持たせるそう。
「お金や物ではなく、どれだけたくさん、どれだけ細かく刺繍をするかに愛情を込める。模様にも、子宝とか健康とか、一つひとつに意味があり、祈りが込められているんです。こんな愛情表現があるんだ。なんていうか、壮大だな、って思いました」
誰かを想う時間そのものが生み出す布。
留学資料はほかの色々な資料と一緒に閉じられ、どこかにいってしまった。
でも繰り返し、あの布のことを思い起こしました。
「あの布で洋服を作れるかな。実物を触ってみたいな」
そこには、あらゆる布を見て触って来た佐々木さんの「まだ知らない布」に対する好奇心がありました。
でも、日本では売っていません。
その頃ちょうど学んでいた、海外から商品を仕入れる方法。
ウズベキスタンからは難しいけれど、インドから入手できることがわかりました。
まずは二枚。
インドから届いたスザニ刺繍を見た感想は。
「不思議なかんじでした。これまで出会ったことのない布、見たことのない布。
でももっと繊細すぎるのかと思ったけれど、綿の生地もしっかりしてるし、刺繍もほつれてくることもなさそう。意外に大丈夫そう。パンツにしてみよう、と思いました」
パンツ。
佐々木さんの洋服づくりの基本は、麻などの良い布を使用した、体系を拾わないワイドなパンツ。
「パンツが好きです。動きやすいから」
まずは2枚、パンツに仕立ててみました。
「色がね、いかにもエスニック、っていう感じで派手なんです。こんなの売れないかなあ、って思ったんですけど、これがね、すぐに売れちゃったの」
rahmatのはじまりでした。
7.「もっとこんな布があったら」
洋服にできそうなスザニ刺繍の中を選んで購入しはじめました。
でも、スザニ刺繍は、もともと洋服のために作られたものではありません。ベッドカバーなど、布をそのまま装飾的に使用するためのものです。
日本で日常着として着るには、色が鮮やかすぎる。
「もっと落ち着いた色があったらいいのに」
「こんな雰囲気の刺繍があったらいいのに」
そう思いながら、インドのセラーに相談を続けていました。
すると、ある日、「どんなものが欲しいの?」と言われました。
「言ってくれたら、その通りに作るよ」と。
それから、色や雰囲気を伝えながら、rahmatのためだけのスザニ刺繍を少しずつ作ってもらうようになりました。
「洋服に合わせてスザニ刺繍をオーダーしている人は、あまりいないんじゃないかな(笑)」
今は、インドの職人さんが作った「1点物のスザニ」と、rahmatがオーダーしたオリジナルのスザニを仕入れています。
スザニ刺繍を選ぶときは、
「あの人なら、 これ好きそう。これなんて、あの人が好きそう」
だれかの顔を思い浮かべながら選びます。
「本当にこれでいいかな」「かわいいって言ってくれるかな」
毎回、少し不安になります。
だから、
「『あの人ならこれ、かわいいって言ってくれるかも』と思って買った布に、『かわいい!』って言ってもらえると、『キター!!』って思うの(笑)」
佐々木さんの服づくりは、はじめから同じ。
誰かの「かわいい」「うれしい」という笑顔をイメージすることから始まります。
目の前にいる人が喜ぶ顔を思い浮かべながら仕立てる服。
オペラの衣装も、ウェディングドレスも、手元には写真すら残っていません。
「作ってあげて送り出したらおしまい。自分のために作品を作っていたわけじゃないから」
「布が大好き。でも布は、洋服になると輝きだすように感じるんですよね」
そう言いながら、服になったスザニ刺繍を眺める佐々木さん。
その目線の先には、きっと、この服を着て笑う誰かの姿があるのでしょう。
8.一人ひとりの一着を仕立てる
「最初はパンツだけだったんです」
パンツから始まったrahmatの洋服は、少しずつ種類が増えていきました。
サロペット。
ジャケット。
カバン。
そのきっかけは、昔と変わりません。
「こんなの作れない?」
という、お客様のひと言です。
「A4サイズが入るカバンを作ってって言われたの。それも4つ。これはその時に作った見本。
言っちゃうんですよ。『できると思う』って、作ったことないのに(笑)」
今はイベントで布を広げ、お客様と一緒に選びます。
「この布の、この部分を使って、形はこれがいいかな」
そんな会話を重ねながら、一着ずつ仕立てていきます。
レオタードを作りながら学んだこと。
すべてをオーダーメイドにするのではなく、型紙や形はある程度決めておいて、その中から布を選び、その人に合わせて仕立てる。
「その方がお客様も選びやすいし、私も続けられる」
そして、縫製を手伝ってくれる仲間。
一人ひとりに寄り添いながらも、長く作り続けられる形。
それもまた、佐々木さんが服づくりの中で見つけてきた答えでした。
むすび
「こんなのできる?」
そう聞かれるたび、
「できるかな。」
と答えながら、佐々木さんは洋服を仕立ててきました。
作る服は変わっても、変わらないものがあります。
それは、「その人が、着たい服をかたちにすること」。
「人と違うものを着たい。 でも派手すぎるのは苦手。 年齢に合った上品さも大切にしたい。」
そんな声を、 これまで何度も聞いてきたそうです。
だからrahmatの洋服は、華やかなスザニ刺繍を日本の日常に馴染む色へ、毎日着たくなる形へと、少しずつ育ってきています。
「できるかな」
その言葉を積み重ねて生まれたのは、世界にひとつの、その人らしく歩ける一着でした。
佐々木さんは、今日も誰かの「こんなのできる?」を、一着の洋服に仕立て続けています。
伝えることは、未来をつくること。
一人の人の想いや行動は、やがて誰かの勇気になり、新しい挑戦を生み出していきます。
COLOBOCKLEは、これからも「はじまりの人」を通して、未来につながる物語を届けていきます。

