喜んでほしくて、進み続けた人
誰かのために集める「信頼」という装備
株式会社こどもとかめら 代表取締役 今井 しのぶさん
「はじまりの人」は、仕事や活動の裏に隠れた原点をたどる、COLOBOCKLEのインタビューシリーズです。
フォトマスター検定EX。
日本写真家協会(JPS)会員。
Canon EOS学園講師。
CP+、PHOTONEXTメインステージ登壇。
著書複数冊。
プロフィールに並ぶ肩書だけを見ると、写真業界の第一線を長年歩いてきたベテラン写真家を想像します。
ところが今井しのぶさんは、写真専門学校を卒業したわけでもなく、写真家に師事したこともありません。もともとは二人の娘を育てる専業主婦でした。
子どもを撮ろうと思って手にした一台のカメラ。
そこから独学で学び、発信し、人とつながりながら、少しずつ活動の場を広げてきました。
どうして一人の主婦が、ここまでの経歴を積み上げることができたのでしょうか。
取材を進めるうちに見えてきたのは、意外な答えでした。
そこにあったのは、成功したいという野心ではなく、
「人に喜んでもらえたら嬉しい」という、とてもシンプルな思い。
そして、それを形にするために集め続けた「信頼」という装備でした。
「はじまりの人」第6回は、フォトグラファー 今井しのぶさんの物語です。
1.わからないから、やってみた│カメラとの出会い
しのぶさんとカメラとの出会いは、子育て中の何気ない日常のなかでした。
「週末に夫が使うために買ったカメラだったんですけど、平日は誰も使っていなかったので、ちょっと子どもを撮ってみようと思って」
軽い気持ちで手にした一眼レフカメラ。
ところが、思うようには撮れませんでした。
わからないボタン。
わからない用語。
だから調べてみる。
調べたことをやってみる。
そして、うまくいったことや気づいたことをブログに書いてみる。
「photoポイント」と題して始めたブログには、「わかりやすい」と共感のコメントが届くようになりました。
自分の発信を喜んでくれる人がいる。
嬉しくて、毎日発信を続けました。
やがて「教えてほしい」という声が届くようになり、自宅のリビングでフォトレッスンを開催するようになります。
「私より詳しい人も来てくれたりして、一緒に勉強していたような感じでした」
ブログとレッスンは評判を呼び、テレビ番組で取り上げられたこともありました。
そんな頃、しのぶさんが夢中になっていたのがもうひとつありました。
フォトコンテストへの応募です。
「独学だったので、『コンテストで入賞しました』と言えたら信頼になると思ったんです」
ところが、なかなか選ばれません。
そこでしのぶさんは、入選作品を観察しました。
「まずはタイトルが大事だな、と思って。タイトルを変えたら選ばれるようになったんです。
それから、誰が審査をするのかを確認して、こういう考え方の人かこの人ならこういう写真かな、って考えました」
やみくもに応募するのではなく、観察し、考え、試してみる。
その積み重ねは少しずつ結果につながり、やがて様々なフォトコンテストで入賞を重ねるようになりました。
2.「信頼という装備」を集め続けた理由
フォトレッスンを続け、フォトコンテストでも結果を残すようになった頃、しのぶさんは「フォトマスター検定」の存在を知りました。
「それなりに詳しいと思っていたんです。でもテキストを開いたら難しくて、全然わかりませんでした」
カメラには国家資格のような共通基準がありません。
だからこそ、検定を取得することで、自分の知識や技術を客観的に示すことができます。
しのぶさんは1年に1回ずつ受験すると決め、2級、1級、そして最上位資格であるフォトマスター検定EXへとコマを進めました。
「EXは、作品づくりがとても大変でした。どのジャンルも撮れるようになりたかったので、総合で受けることにしたんですが、子ども写真しか撮っていなかったので、自分の撮る世界の狭さを痛感しましたね。
色々な写真を撮れるようになりたい、と思いました」
子育てと仕事を両立しながら、なぜそこまでして挑戦したのでしょうか。
その答えは、意外なものでした。
「私一人のことだったら、実績なんてどうでもいいんです」
しのぶさんが見ていたのは、自分自身ではありませんでした。
「生徒さんが現場で『今井しのぶの教え子です』と言ったときに、それだけで信頼してもらえたらいいな、と思うんです」
同じ頃、日本写真家協会(JPS)に入会します。
「写真家を知らなすぎると指摘されて、勧められて入会しました。入ってみて、写真家の方たちの知識や経験の多さに驚きました。私には知らない世界がたくさんあると」
様々な写真家と出会うなかで、しのぶさんはあることに気づきました。
「有名な写真家さんには弟子がいます。そのお弟子さんが『〇〇さんの弟子です』と言うだけで、信頼されることがある。それを見て、『あ、こういうことなんだ』と」
自分が信頼されることが、生徒たちの可能性を広げる。
そう思うようになってから、しのぶさんは積極的に表へ出るようになりました。
Canon EOS学園講師。
CP+、PHOTONEXTメインステージ登壇。
各種メーカーアンバサダー。
フォトコンテスト審査員。
イベント、撮影会。
「私が皆さんに知ってもらえて、信頼していただける存在にならないと、卒業生のみんなも信頼してもらえないし、大切にしてもらえません」
社会から信頼されることで、生徒たちがその名前を出した瞬間に理解され、仕事がスムーズに進むように。
大きなステージやイベントでの笑顔は、卒業生がプロとして踏み出す一歩が少しでも良いものになるようにと願ってのことでした。
もうひとつ、しのぶさんらしい「信頼」の形があります。
それはフォロワー数1.7万人を超えるInstagramや、2400件以上にのぼるブログでの発信です。
お気に入りの機材。
応援したい卒業生。
素敵だと思ったイベント。
良いと思った人やモノの紹介が並びます。
「推し活ですよね。完全に(笑)」
しのぶさんはそう言って笑います。
「人もモノも好きなんです。純粋に紹介したい。紹介したり、つないだりした相手が喜んでくれたり、『楽しかった』『良かった』と言ってもらえると、私も嬉しいです」
誰かの良さを見つける。
それを周囲に伝える。
そして、その人の活躍する場が少し広がる。
しのぶさんにとって発信もまた、人と人をつなぎ、信頼を育てる行為でした。
3.判断基準は「信頼」
しのぶさんの話の中に何度も出てくる言葉があります。
「信頼」。
その言葉との出会いは、カメラを始めるずっと前にありました。
新卒で就職した会社で、自動車販売の営業として働いていた頃のことです。
はじめのうちは、なかなか車を売ることができませんでした。
そこで、売れている先輩たちを観察しました。
「当時は背中を見て学べという時代でしたから、とにかく先輩たちを観察しました。
そのうち、売り方には二種類あることに気づいたんです。価格で売る方法と、信頼で売る方法です」
安さで選ばれる人。
「あなたから買うよ」と言われる人。
しのぶさんは後者になろうと決めました。
次第に営業成績は伸び、海外旅行の褒賞を三度獲得するまでになりました。
信頼できる「人」を通じた買い物は、今もしのぶさんの判断基準になっています。
例えば、カメラやストロボを購入するとき。
できるだけ、ネットよりも人やお店から購入します。
「ちょっと高くても信頼できる人から買うと、困ったときに相談できますし、紹介することもできます」
また、買うものは「妥協で選ぶのではなく、チャレンジングで選ぶ」と言います。
「それを持っていることで誰が喜ぶのか、ということが判断基準になっています。
安いカメラでも撮ることはできますが、私が良いカメラを持っていることによって、撮られるお客様が喜んでくれて、信頼してくれる。小物や衣装も同じです」
選ぶ基準は、価格ではありません。
喜んでもらえるか。
信頼できる関係につながるか。
しのぶさんにとって「信頼」とは、肩書や価格ではなく、人とのつながり方そのものなのです。
4.観察し、考え、やってみる
しのぶさんならではのものの見方があります。それは「観察」。
営業では先輩を観察しました。
フォトコンテストでは受賞作品を観察しました。
そして、子どもたちを幼稚園に通わせていた頃。
周囲のママたちがおしゃべりをしているなかで、しのぶさんが観察していたのは、先生たちでした。
「幼稚園の先生ってすごいんですよ。あんなにたくさんの子どもたちを怒ることなく動かしていくんです。どんな言葉をかけているんだろうって、いつも見ていました」
良いと思った声掛けは、自分の撮影で試してみる。
自然なやり取りから子どもの笑顔を引き出す独自の撮影スタイルは、そんな観察から生まれました。
ここである質問を投げかけてみました。「周囲の人たちはしのぶさんをどう思っていたんでしょう?」
これに対ししのぶさんは、即答でした。
「気にしたことがないですね」
人にどう思われるかは、ほとんど意識しないといいます。
「人にどう思われるとか、やってみてダメだったらどうしようとかは、考えないです。
でも、いいと思ったことはすぐやります。やってみてダメだったら直せばいいだけなので」
その姿勢は、書籍の出版にも表れました。
フォトレッスンのたびに用意していた資料。毎回プリントを持ち歩く生徒さんを見て「本になったら生徒さんが使いやすいかも」と思ったしのぶさんは、自ら企画書を書くと、手探りで出版社に持ち込みました。
何度か断られ、そのたびに企画書を練り直し別の出版社へ。そうして1冊目の出版が実現します。
「2冊目は、1冊目が売れないと出せません。出版社だって信頼できる人の本しか出したくないですから」
出版した本は、6冊になりました。
しのぶさんは、出版もまた「信頼」の積み重ねだと考えていました。
観察する。
考える。
やってみる。
うまくいかなければ直してみる。
そして、人に喜んでもらうために必要な「信頼」を集めていく。
喜んでもらいたいと思うほどに、プロフィールの肩書が増えていったのでした。
5.これからしのぶさんが進む先は
ホームページのプロフィールページにずらりと並ぶ肩書を眺めると、しのぶさんはどこか遠い場所へ向かっている人のようにも見えます。
けれど取材を通して見えてきたのは、むしろその反対の姿でした。
活動の幅がどれだけ広がっても、今でも自身のことを「ベビー・キッズ専門のフォトグラファー」と紹介します。
「子どもは大好きです。純粋にかわいくて、撮っていて楽しいです」
「それに、子どもが大きくなったときに、親と一緒に写っている写真が残っているって、とても大切なことだと思うんです」
写真の軸は、始めたときから変わっていません。
以前、自身の写真展を開催した際、ある写真家から「世の中にはいろいろな面があるけれど、いちばん純粋で幸せな瞬間を撮っているんだね」と声をかけられたそうです。
そんな世界を見続けることができることが、幸せなことだと言います。
現在300人を超えるまでになった、「こどもとかめら フォトグラファー養成講座」の卒業生たちは、それぞれに活躍の場を広げています。
「卒業生を紹介してほしい」という依頼も多く寄せられ、そんな依頼のひとつひとつに対し、しのぶさんは依頼元に出向いて話を聞きます。
「卒業生の子たちはみんな本当に活躍していて、頼もしいんですよ」
撮影会場で卒業生と話す表情からは、人が育っていくことへの喜びが伝わってきました。
そして意外だったのは、これだけの実績を積み重ねてきた人なのに、「将来の展望」について語らないことでした。
「よく聞かれるんです。これからの目標は?とか、将来どうなりたいですか?とか。でも、そんなに先のことって考えていないんです」
目の前のことをやる。
相談にのる。
喜んでもらえそうなら動く。
その積み重ね。
「要領は良くないほうなんです。今日やろうと思っていたことも終わらないし、忘れちゃうこともあるし(笑)」
そう言って笑います。
子育て中には、「このままパートをしながら普通におばあちゃんになっていくのかな」と思っていた頃もありました。
家族の都合を優先するのが当たり前。カメラの仕事をすることに罪悪感もありました。
「夫に『それ時給いくらなの』って言われて悔しくて、絶対に仕事にするんだ、って思った頃もありました。
でも自分の『好き』を優先にしていこうと決めたら気持ちが楽になり、家族も応援してくれるようになりました」
たまたま手にした、一台のカメラ。
それは人生を変える出会いになりました。
「本当に、よくカメラに出会えたなって思います」
最後に、将来の姿を尋ねると、しのぶさんは少し考えてから笑いました。
「おばあちゃんになったら?
たぶん、カメラを持って、わくわくしながら写真を撮っていると思います(笑)」
壮大な夢でも、遠い目標でもありません。
目の前の人に喜んでもらいたい。
そのために学び、動き、挑戦する。
そんな日々を積み重ねた先にいるのは、きっと今と変わらず、笑顔でシャッターを切るしのぶさんなのでしょう。
6.最後に
私がしのぶさんを知ったのは、今から11年前のことです。
当時、長男が7歳、次男が1歳。
幼い二人の子どもを連れて、しのぶさんが自宅で開いていた「おうちスタジオ」を訪れました。
撮影が始まると、しのぶさんは子どもたちに話しかけながら誘導しました。
何が起きるのかとわくわくする子どもたち。
長男に声をかけます。
ひとこと。
ふたこと。
そして3こと目。
しのぶさんがボケると、長男が思わずツッコミを入れて笑いました。
その様子につられて、次男も大きな口を開けて笑いました。
そこに写っていたのは、私が家でいつも見ている子どもたちでした。
無理に作った笑顔ではなく、心から楽しそうに笑っている姿。
最初から最後まで、子どもたちの反応を予測しているかのように撮影を進める姿に、
「この人、何者なんだろう」
と思ったことを、今でもよく覚えています。
その後も何度かスタジオを訪れました。
訪ねるたびに、何かが変わっていました。
新しい機材。
見たことのない照明。
知らないメーカーとの仕事。
活動の幅はどんどん広がっていきました。
私はずっと不思議でした。
だから今回の取材では、その理由を知りたいと思っていました。
そんななかである日、しのぶさんがセミナーを開催すると知り、行ってみました。
受付で案内されてカメラメーカーの会議室へ。
ところが広い室内にいたのは、しのぶさんと参加者ふたりだけでした。
たくさんの参加者で賑わうセミナーを想像していた私は、少し拍子抜けしました。
その日参加していたのは、フォトグラファー養成講座の卒業生。
ストロボを学び、仕事につなげたい。
でも事情があって通常の講座には参加するのが難しい。
「ここなら安く開催できるし、ストロボも紹介できるから」
そんな理由で開いた、小さなセミナーでした。
その週のしのぶさんは、自身の撮影や現像に加え、卒業生と神社をつなぐための打ち合わせ、3日間のイベント運営、写真コンテストの審査、人気フォトグラファーとのコラボセミナー準備、翌週にはフォトネクストのメインステージ登壇を控えていました。
正直、私だったら断ると思います。
でもしのぶさんは、たったひとりの「ストロボを学びたい」に反応していました。
どうしてそこまでするの?
その答えは、自然とわかりました。
ひとつひとつの質問に、自分の経験を交えながら丁寧に答えるしのぶさん。
そして、ふとした瞬間に生徒さんへ向ける眼差し。
そこには「活躍してもらえたら嬉しい」という思い以外のものが、見当たりませんでした。
あぁ、そういうことだったんだ。
子どもたちを撮ってもらった日からずっと不思議でした。
どうしてそんなに進むの?どんな野心があるの?
その答えは、とてもシンプルでした。
「喜んでもらえたら嬉しいから」
喜んでもらいたくて学び、
喜んでもらいたくて資格を取り、
喜んでもらいたくて人とつながり、
喜んでもらいたくて進み続けた。
その積み重ねが、たくさんの人の人生を、動かしていました。
ひとりの人の願いと行動が、未来を変えていく。
しのぶさんの姿は、そのことを静かに教えてくれていました。
伝えることは、未来をつくること。
一人の人の想いや行動は、やがて誰かの勇気になり、新しい挑戦を生み出していきます。
COLOBOCKLEは、これからも「はじまりの人」を通して、未来につながる物語を届けていきます。



