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ひと鉢の木と、ひとつの対話のこと

スタジオに置く机と椅子を買いたくて、お店に行きました。


でも連れて帰ってきたのは、
ひと鉢の植物でした。

ずいぶん変わった形なので目に留まったのですが、

大きすぎて運べそうになかったので、

同じものをネットで買おうかな?と、お店のネットショップを見てみました。

すると、掲載されていたのは、

同じ品種とは思えないほど、

短く整った、ふつうの観葉植物でした。

きっとこの子は売れ残って、長い時間を店頭で過ごすうちに、
幹が細く長く伸びてしまったんですね。


長い幹を巻いて止めたワイヤーは深く食い込み、

痛々しい傷跡を残していました。

お店の方に心配されましたが、

なんとか車におさめて持ち帰りました。

 

そして昨日はこの木をZoomの画面に入れて、

松山で長年研究を続けてこられた方に、
取材をさせていただきました。 

 

対話は、
四国の海と神奈川の海の違いや、
魚の話といった、
ささやかな話題から始まりました。

専門的な知識を持つ方に対して、
私の問いは決して整ったものではありません。

それでも、
ひとつひとつ丁寧に受け止め、
言葉を選びながら答えてくださいました。

 

対話の最後に、

「大ヶ谷さんには、ちゃんと理解してほしいから、また話をしたい」

と声をかけていただきました。

 

理由を尋ねると、

長年考え続けてきた自分の理論は、
筋が通っているという確信がある一方で、
どこか凝り固まっている可能性もある。

そこに、
思いもよらない角度から問いが投げかけられることで、
新しい気づきが生まれた。

それが楽しかったのだと。

 

整えられた答えではなく、
揺らぎや、余白の中にあるもの。 

 

それは、
この木の姿とどこか重なって見えました。

きれいに整えられたものよりも、
少し歪んでいたり、
途中のままだったりするものの中に、

まだ言葉になっていない価値がある。 

 

COLOBOCKLEがやろうとしていることも、
きっと同じです。

スタジオには少しずつ、照明機材や背景を運び入れています。

 

けれど、この木が来たことで、
ここがただの撮影場所ではなく、

対話が生まれ、
何かが少し動き出す場所になるのだと、
感じることができました。

 

カラカラに乾いていた土に水をあげて、
少しだけ栄養も。 

 

この場所で、
自由に伸びていってくれたらと思います。

机と椅子は、これからです。