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予定通りに進まない取材にこそ、価値がある。

先週、取材をご一緒した方々から、こんなメールをいただきました。

 

「考えながら紡ぎだされる数々のご質問を頂きまして、ありがとうございました。」

 

また、他の方からはこんな言葉も。 

 

「私の拙い話から、自分でも気づけないところまで言語化していただき、とても感動しております。」

 

メッセージを受け取り、私はうれしくて、わくわくしました。

 

企業取材の現場では、限られた時間で、事前に想定されたゴールに向けて、

予定調和的に取材が進むことも多々あります。

 

質問は事前に送ることが一般的ですし、

取材を受ける方も、答えを用意して来られることが多いです。

 

でも本当は、質問は対話の中から生まれるものだと、私は思うんです。

 

相手の言葉から、その背景にあることを想像し、

紡ぎ出された言葉と言葉をつなげ、

おぼろげに見えた像を投げかけ、

まだかたちになっていない想いを、一緒にかたちにしていく。

 

私にとって取材は、そういう場です。

 

原稿をお送りした方からは、こんな返信をいただきました。

 

「大変わかりやすく整理していただいていると感じる一方、内容は間違ってはいないのだが、私自身の話し方や強弱の置き方、特に非言語的な部分によって、結果として異なる焦点で受け取られた可能性があると感じる部分があります。これは私のほうの問題です。ぜひ捕捉の対話の機会をいただきたい」

 

「非言語的な部分」というのは、まさに、

私がとくに大切にしていること。

 

仕事を通じて、まったくの他人と言葉では表現できない空気感のやりとりまでできるのだから、

この仕事が面白いのは当然だな、と感じました。

週末、子どもたちと一緒に横須賀の猿島に行きました。

泳いで行くこともできそうに感じるほど、すぐ近くにある島です。

猿島には、かつて使われていた施設が残されています。

役目を終えた場所に、時間が積み重なっています。 

その奥に、人の営みや意図の気配が感じられます。

猿島を出た後、観音崎に行きました。

観音崎から見える海には、

たくさんの船が行き交っていました。

どこから来て、どこへ向かうのか。

静かな景色の中に、それぞれの背景や物語が流れているように見えました。

目に見えているものだけではなく、

その奥にあるものに目を向けること。

 

それは、取材でも、撮影でも、同じです。

見えているものの奥にあるものを感じ取り、

それにかたちを与え、伝わるかたちにすること。

 

そんなことが、 

子どもたちと過ごす時間と同じように、大好きです。