「100万枚でも撮りきれないから、残しておく」パパさんのメッセージに感じたこと

先日ニューボーンフォトを撮影させていただいたおうちのパパさんから、面白いメールをいただきました。

 

感想の書き出しは、こんな内容でした。

昔、コブクロが好きでした。

『Million Films』という歌があるのですが、“100万枚撮りのフィルムでも撮り切れない”というフレーズがあります。

内容としては、目に焼き付けておけ、という話です。

でも、逆説的ではありますが、やはり確実に残すという意味では、記憶よりも、あとで見返すことができるものかと思います。

左手はママの手、右手はパパの手
左手はママの手、右手はパパの手

今、スマホとして皆が手元にカメラを持っている時代になり、逆にありがたみが落ちているとは思いますが、やはり場面を切り取るという意味で、写真の持つ役割は強く残っていると思います。

お兄ちゃんの写真
お兄ちゃんの写真

こちらのパパさんは、1人目のお子さんのときにも撮影をご依頼くださいました。

 

でも、2人目のお子さんのお誕生に際し、サイトを見てくれた時、私のWEBサイトは企業向けのメニューのみになっていました。

にもかかわらず、お問い合わせフォームから「二人目が生まれるので撮ってもらえないか」と連絡をくれたパパさん。

 

どうしてメニューもないのに、問い合わせをくれたの?

カメラマンはいくらでもいるのに?

ひとえに、前回の写真が素敵でした。

 

そして、育児の先輩として、いろいろなことを教えてくださりました。

 

ニューボーンフォトをもういちどコロボックルさんにお願いしたいことは、妊娠した時から、確定事項として妻と話していました。

じゃあどうして、お兄ちゃんの時にどうして私に連絡をくれたんですか?

それについては、こんなふうに書いてありました。

妻が撮りたいといった時には受け身ではありましたが、サンプル画像をみるうちに、新生児の弱々しさと力強さに見惚れました。

 

出張してくださるというのが一番の要素ではありました。

ショッピングモール内などでの撮影の選択肢もありましたが、1人目の時には慣れていなかったし、2人目の時には手が足りなくなると思われたため、出張撮影が第一優先となりました。

 

コロボックルという屋号も私は好きでした。『だれも知らない小さな国』は、母に勧められ読んだ記憶があります。

『だれも知らない小さな国』を知っているパパさんは、小児科医です。

 

ママも医療関係者で、おふたりとも新生児や子どもの感染症やリスクについて、知識のある方たち。

新生児のうちから商業施設へ行くことには、抵抗を感じたそうです。

赤ちゃんに直接触れるからこそ、
私はこれまで、使用する毛布やおくるみ、赤ちゃんへの触れ方、ひとつひとつ試行錯誤を重ねてきました。

 

安心して撮影を見守っていただけたのなら、うれしく思います。

長子の際には寝たのに、今回の撮影ではなかなか寝ず、キャラクターに違いを感じました。

 

前回おくるみにくるまれて眉根にしわ寄せて寝ていた長子が、今回はアンパンマンの動画見たりしている。非常に成長を実感しました。

 

15年後に反抗期で嫌われながらも、お前の小さい頃の写真だぞと見せつけてやるのが楽しみです。

お兄ちゃんの撮影のときのエピソードもたくさん覚えてくださっていて、

ジャケットを脱いだ時にシャツのなかに「ざんねんな生き物図鑑」のTシャツを着ていて、「めでたいのに残念とはどういうこと!」とママに叱られたこと、

AKIMASAという名前のお兄ちゃんの撮影でアルファベットのAが足りなくなりVを使ったことなども、感想の中に書いてくれていました。

ニューボーンフォトというものは、子どもが主役としては一回、家族としても数回しか、かかわらないものだと思います。

 

正解はわかりません。

ですが、生まれた直後にスタートとしての一歩の記録として、有意義だと思います。

妹ちゃんの写真
妹ちゃんの写真

私はいつも、写真撮影をご依頼くださる方々とは、世界観や言語的な面でも、共感できているという感覚がありました。

 

今回、独自の感性で紡いでくださった小児科医のパパさんの言葉で、その感覚は私の錯覚ではなかったと、実感することができました。

 

ひとつひとつの家族のものがたりを、これからも静かに、写真と言葉でかたちに残していきたいな、と感じています。