写真は、時間が経ってから意味を持つ。
次男のサッカーチームが明日、卒部を迎えます。
仲間たちのために、これまで撮りためてきた写真で記念の動画を作りました。
長男が保育園を卒園したときも、次男が幼稚園を卒園したときも、私は動画制作をしていました。
なぜなら、いつもいつも写真を撮っていて、手元にたくさんの写真があるからです。
次男が4歳になる少し前に入部したサッカーチーム。
あれから8年、本当にたくさんの写真を撮りました。
その写真を動画にするのは大変で、仕事と子育て家事を終え、
子どもたちが寝た後に、少しずつこつこつと作りました。
無邪気な背中。
試合の前に円陣を組む背中。
ゴールを目指して駆ける後ろ姿。
試合に勝ち、ベンチに駆け寄る後ろ姿。
夜な夜な写真を並べ編集しながら、たくさんのことを思い出しました。
嬉しかったこと。
苦しかったこと。
そのころの私の周囲の出来事が、つぎつぎにつながって思い出されます。
グラウンドのまぶしさ。
応援の声。
子どもたちの笑顔。
写真はただの記録ではなく、
その時間をもう一度呼び戻してくれるものだと改めて感じました。
写真を撮っているとき、
その瞬間の価値はあまりわかりません。
でも時間が経つと、写真は少しずつ意味を持ち始めます。
それは「記録」から「記憶」へと変わっていくからかもしれません。
ともに過ごした記憶が、
仲間たちの、未来の支えになりますように。
COLOBOCKLEでは、
人や組織の中にある想いを、写真と言葉で可視化しています。
商品やサービスの背景には、必ず挑戦した人の物語があります。
その挑戦には、光もあれば影もあります。
うまくいった瞬間だけでなく、
迷いながら前に進んできた時間がある。
その時間こそが、物語になる。
私は、その時間を写真で残したいと思っています。
写真は、今のためだけのものではありません。
未来の誰かが振り返ったとき、
その時間の意味が伝わるように。
写真は、未来のためのもの。
だから明日も、カメラを持ってグラウンドに向かいます。

